現在の大学入試センター試験が大学入学共通テストに変わる2020年度からの新しい大学入試の選抜方法に関して、一度は英語の民間試験を課さないという方向性を表明するなど、かねてより動向が注目されていた東京大学は、2018年9月26日、2020年度に実施される東京大学一般入試(2021年実施)における出願要件の追加について、入試監理委員会としての方針を発表しました。
今回発表された方針には、今後の大学入試を予想する上で重要ないくつかのポイントが含まれています。それについて、2回にわたって分析していきます。
民間試験活用はひとつの選択肢
まず、英語の民間試験を活用するものの、民間試験のスコア提出は複数の選択肢のひとつとして位置づけた点があります。
民間試験の活用を決めた中教審の議論では、英語4技能でひとつの英語力であり、大学入試においても英語4技能を一体として試すことで、高校までの英語教育改革を促進するねらいがありました。
本来であれば、試験内容や実施環境が厳しく管理される新しい大学入学共通テストで英語4技能が一体的に試されるべきですが、同テストを管轄する大学入試センターには、これまで実施していなかったwritingやspeakingの試験のノウハウがありません。英語4技能を一体的に測ることができるのは民間試験しかないのが現状なのです。そのような事情から、民間試験を大学入学共通テストの枠組みの中で活用することにしたのです。(この枠組み全体を「大学入試英語成績提供システム」と呼びます)
つまり、文部科学省は民間試験を新しい大学入試における英語試験の切り札として位置づけて、大学入試のかなりの範囲でその成績を活用しようと考えていました。国公立大学でも、中堅レベルくらいまでならば2次試験で大学独自の英語試験を行わず、民間試験の成績だけで判定することまで構想していた可能性があります。そうなると、「知識偏重・読解偏重」「試験ではできても、使えない英語」などと批判されがちだったこれまでの大学入試の英語のイメージが一新され、その影響力の下で現在進められている小学校から高校までの英語教育の改革にはずみをつけようとしたのです。
その構想の土台を支えるのは、民間試験の「試験としての信頼性」です。特に日本では「試験の公平性」が重視されますが、それは信頼できる試験だから可能なことです。試験に出題される問題は、基本的に新作であること。同等の試験環境、厳格な時間管理の下で行われること。採点や合否判定は厳正・公平であることなど、日本の試験では当たり前になっている条件は、試験の信頼性を担保する要件として定着したものです。しかし今回の東京大学の方針は、民間試験の信頼性に対して課題点があるという見方を示したのです。
東京大学も加わる「国立大学協会(国大協)」は、民間試験を一般選抜の全受験生に課すとともに、2023年度までは大学入学共通テストにおいて実施される英語試験(2技能のみ)を併せて課すこととし、それらの結果を入学者選抜に活用するというガイドラインを示しています。今回の東京大学の方針では、民間試験以外にも高等学校の調査書や自著の理由書によって確認する方法も認めるとしています。「一般選抜の全受験生に課す」という部分でやや食い違いがあるものの、国大協のガイドラインの主旨である英語4技能重視についてはその考え方に沿った方針となっています。したがって、今後国大協内での議論は予想されるものの、基本的な考え方で一致している点や、ガイドラインはあくまでガイドラインであって強制力はないという事情からも、今回の方針に対して強い反発はできないと思われます。
ある意味、これまでも日本の大学入試に強い影響力を及ぼしてきた東京大学がこのような方針を明らかにしたことで、民間試験の対応で苦慮している多くの大学が様々な活用法を打ち出しやすくなったともいえます。
活用するが判定には使わない
2つめのポイントは、民間試験の成績を出願要件とし、合否判定には使わないとした点です。
民間試験の成績を入試で活用するという方法は、既に実行されています。ただし現状では、一般入試とは異なる特殊な選抜方法のひとつとして活用されているものがほとんどです。しかし、2020年度以降、民間試験が大学入学共通テストの枠組みに組み込まれることが決まったことがきっかけとなって、民間試験活用型の入試は拡大する傾向にあります。それは、英語についてはすべての選抜方法で英語4技能を測る、という文部科学省の方針に沿った変化でもあります。
今回の東京大学の方針は、この拡大傾向に警鐘を鳴らす結果となりました。もちろん今回の方針はあくまで東京大学独自の判断にもとづくものであって、大学全体の判断ではありませんので、拡大傾向が一気に変わることはないでしょう。しかし大学入試全体に及ぼす東京大学の影響力を考えると、決して小さい判断とはいえないのです。今後、文部科学省や民間試験実施主体が民間試験に関するこの疑義に対して有効な回答ができなければ、その影響は徐々に拡大しかねないのです。
今回は2つのポイントについてご説明しました。第2回では、さらに2つのポイントについて見ていきます。
(第1回 おわり)