加速する早期英語教育
グローバル化が進み、英語の早期教育がますます熱を帯びてきました。幼稚園で英会話を習うのは当たり前、0才の乳幼児に聞かせる英語教材なんてものまでが販売されています。英語早期教育を加速させている要因のひとつとして、学校教育で英語を重視する傾向が高まっていることが挙げられます。中学入試に英語の試験が課されたり、英語検定などの資格を活用できる学校が出てきたことで、小学校以前から英語を学ぶ必要性が高まってきたのです。
また、「外国語教育は早ければ早いほど効果がある」「一定の年齢を過ぎてしまうとネイティブ並みの言語力を身につけることは不可能」といった仮説が研究者の間で古くから提唱されており、現在の早期英語教育を後押しする要因となっています。今回はそのような仮説の一つである「外国語習得の臨界期仮説」をご紹介します。
臨界期仮説とは
臨界期仮説とは、ある一定の年齢 (臨界期)を過ぎると言語の習得が困難になるという仮説のことです。第二言語(母語の次に習得する言語)の習得の臨界期はだいたい10才~12才までである、という説がよく取り上げられます。つまり、文法などの理屈を学習せずとも、「音として」英語を自然として身につけることができる限界が10才前後で、それ以降は文法を勉強した上で、発音や会話を習得していく必要があるということです。
一方、臨界期とされる年齢を過ぎた後でも、高いモチベーションで訓練をすることにより一定の人はネイティブ並みの発音、文法で会話することができるという研究もあります。
このように臨界期を巡る議論は決して単純ではないですが、以下の事実は重要なポイントなのではないでしょうか。
臨界期は学習の限界ではなく、吸収力が高い時期を示すにすぎない。また語彙については臨界期がなく、成人後でも十分習得できるというのが研究者にほぼ共通する見解だ。 *週刊東洋経済 2017.2.11より引用
以上の「臨界期仮説」を踏まえた上で、早期英語教育を推し進める理由と、それに反対する理由について考えてみましょう。
早期英語教育を推し進める意見
臨界期仮説に基づけば、ネイティブ並みの発音を身につけるためには音声に敏感な幼少期がもっとも適しているので、幼少期から英語で考え、英語で発言することで自然な英語が身につく。また、幼少期から日本語と英語にしっかりと触れることで、言語に共通する感覚が研ぎ澄まされる。
早期英語教育に反対する意見
会話や発音が身についたとしても、読み書きにおいて異なる文法構造を正しく理解することは幼少期には難しいのではないだろうか。特に、日本語と英語の文法構造は大きく異なるため、まだ読み書きの基本的能力が十分に備わっていない段階では混乱してしまう可能性がある。英語を日常的に使用しない環境にいる限りは、まず日本語で言語の特徴をしっかりと学び、言語感覚を身につけてから英語を学ぶ方が良い。
何をどれくらい身につけるのか、目標の立て方が問題
推進派も反対派も、英語を身につける必要性については意見に大きな違いはないようです。したがって、両者を分けるポイントは「何を」「どれくらい」身につける必要があるのかという点です。推進派は、できるだけ日本語と同じように英語を自然に使えるようになることを目標としているようです。一方反対派は、必要最小限のレベルで大きな不自由を感じることなく英語を道具として使えればよいと考えているのではないでしょうか。前者のレベルを共通目標とするならば、様々な難題はあってもできるだけ早い時期から、できるだけ自然な英語に触れる機会を最大限作っていくべきでしょう。また、後者のレベルを共通目標とするならば、今後英語以外にも大切になってくる能力(例えば、プログラミングや論理力など)の育成とバランスをとっていくことが大切です。結局、英語をこれからの日本の文化の中にどのように位置づけていくのかという問題に行き着きそうです。
大人も一緒に学ぶことがカギ
自分で意思決定が十分にできない子どもに英語教育を受けさせるにあたっては、それを提供する大人側のスタンスもとても重要なのではないでしょうか。子どもが家庭に戻った途端に英語とは無縁な環境になってしまっては、折角の英語教育の効果も小さくなってしまうでしょう。家庭でも日本語や英語を言語として大切にする習慣があることが、子どもの言語感覚を養います。「幼いときから英語教室に通わせていれば、苦労せずとも英語ペラペラな子どもが育つ」といった他力本願的な考え方ではなく、大人も一緒に学び、楽しく継続的に英語を使える環境を作ってあげることが、子どもに対する英語学習の効果を高めるカギではないでしょうか。
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※アンケートの募集は終了しました。
参考:
第二言語習得研究からみた 発音習得とその可能性についての一考察 ― 臨界期仮説と外国語訛りを中心に―
週刊東洋経済 2017/2/11