早期英語教育の表と裏 ― 英語教育改革と学習者のスタンス
前回のコラム「どう変わる英語教育―小学校英語教育改革の真相とは?」(第1回:英語教育改革の背景と経緯、第2回:英語教育はどのように変わっていくのか、第3回:小学校の英語教育はどのように変わるのか、第4回:英語教育改革に向けた課題)では、現在進行している英語教育改革の背景や、改革によって英語教育の何が変わるのか、そして改革を実現する上での課題などについて触れました。
今回のコラム「早期英語教育の表と裏 ― 英語教育改革と学習者のスタンス」では、前回の分析にもとづいて改革の成果を左右しそうなポイントをより具体的に検討することで、学習者側としてどのような心づもりをしていけばよいのかについて考えてみたいと思います。
第1回 日本人にとって必要な英語力とは
日本人の弱点はスピーキングではなかった
今回の英語教育改革が日本人の英語力を高めることを目的にしていることは明らかですが、それではこの改革が目指す日本人の英語力とは、どのようなものなのでしょうか。改革の方向性を検討した「英語教育の在り方に関する会議」(2014年)では、目標を「アジアの中でトップクラスの英語力」と位置づけています。
現在の日本人の英語力がどれくらいなのかについては、ベースとなる資料によっても異なりますが、たとえば下図のような状況です。
出典元:Test and Score Data Summary for the TOEFL iBT ® Tests
これは、世界各国で多数の受験者がいる英語の能力検定試験TOEFL iBTの結果(2013年)のうち、アジア諸国の国別平均点(4技能×30点=満点120点)を高い順に並べた図です。比較可能なアジア諸国31ヵ国中、日本は総合順位(総合スコア)で下から5番目の26位となっています。
技能別に見ると、最も順位が高いのがリーディングで22位、最も順位が低いのがスピーキングで最下位(31位)となっています。ただし、総合スコアと技能別スコアとの相関を見ると(下表)、実はリスニング成績との相関が最も高く、スピーキング成績との相関が最も低くなっていますので、日本が低位に低迷している理由はスピーキングだけの不振というよりも、4技能全体が振るわないことが最大の理由と考えられます。4技能重視に関連して、ともすれば、日本人の英語力については特にスピーキング力で劣っているといった指摘がされていますが、これは必ずしも正確な指摘とはいえないようです。
総合スコアとの相関係数 | |
---|---|
リーディング | 0.93792 |
リスニング | 0.96255 |
スピーキング | 0.79599 |
ライティング | 0.95948 |
*この相関係数が大きいスキルほどトータルスコアの上昇に関係するスキルといえる。
確かに、スピーキング試験では相手の質問や指示を正しく聞き取り(リスニング & リーディング力が必要)、回答内容を考えた上でそれを自然な英文に組み立てて(ライティング力が土台となる)、正しい発音やイントネーションで発声する(リスニング力が基礎になる)必要があり、決して単独の技能とは言えない面があります。
また、相手の質問から間を置かず回答する必要がありますから、完璧な回答というよりも即答できる回答を考える柔軟な対話力も必要です。スピーキング以外の技能についても、程度の差はあれ、やはり他の技能との関連がありますので、4技能は相互に関連し合いながら全体として能力が向上していくと考えるのが妥当でしょう。
英語が必要なかった日本
それでは、「アジアの中でトップクラスの英語力」を目指すとはどういったことでしょうか。英語力がトップクラスのアジア諸国、たとえば、シンガポール、インド、パキスタン、マレーシア、フィリピンなどの国々はいわゆる多民族国家であり、国内でも多数の言語が使われています。国として政治的・経済的に機能するためには統一の言語が必要となり、英語力トップのアジア諸国の多くは、英語を「公用語」として使用してきました。またそれらの国は、近代化に伴い、学術・技術面で欧米諸国の知識を欧米諸国から輸入し、外国語(その多くは英語)のまま使用してきた歴史的背景があります。
しかし、他の英語力トップのアジア諸国と日本が置かれてきた言語的状況を取り巻く歴史には、大きな乖離があります。まず、方言などの多様性はありながら、日本では基本的に日本語のみが使われてきました。また日本は、明治維新を境に積極的に西洋の知識を取り入れましたが、その際も外国語を一旦日本語に翻訳した上で国内に広めていったのです。そのため、日本は英語力トップのアジア諸国のように英語を「公用語」や「実用語」として教育に取り入れてきた背景はありません。
現実的な目標が必要だ
このような日本を取り巻く言語的状況は、これまでは戦後の目覚ましい経済成長を支える重要な柱のひとつでもあり日本の利点となっていました。しかし、これまで日本では、日本語以外の言語を広く使う必然性、また外国語と日常的に触れる機会も限られていたため、ここに来て、英語によるコミュニケーション力向上を図るには大きな壁があるのではないでしょうか。
したがって、「アジアの中でトップクラスの英語力」は政策・目標としては素晴らしいですが、その実現性に対しては懐疑的にならざるを得ないです。「アジアの中でトップクラスの英語力」構想を実現させるためには、国内の言語環境を一変させるほどの(その結果、日本の文化的環境も大きく変わることになるでしょう)、大胆かつ未曾有の変革が必要となってくることでしょう。
(第1回 おわり)