第4回 英語教育改革に向けた課題
第1回:英語教育改革の背景と経緯、第2回:英語教育はどのように変わっていくのか、第3回:小学校の英語教育はどのように変わるのかにわたって、小学校の英語教育が変わるに至った背景とその内容について見てきました。
2020年度以降小学校から順次移行する新学習指導要領を含む一連の変更によって、英語教育全体の土台が充実し、「使える英語」教育への転換が期待されます。その一方で、実現にはいくつかの課題も残っています。この課題への対応を誤るとこれまで以上の混乱が生じる可能性もありますので、保護者の皆さんもこの点を理解して、無用な動揺に陥らないようにすることが大切です。
教員の英語力
日本の英語教育を抜本的に改革するためには、今回英語教育が強化される小学校だけでなく、小・中・高を通じて一貫した指導理念のもと、それぞれの段階での英語教育を改善・強化する必要があります。全国には小学校約2万校、中学校約1万校、高校約5千校の学校があります。(2017年度「学校基本調査」による。高校は、全日制+定時制の校数)そのすべての学校で英語教育を改革しようとすれば、やはり教員の力が頼みの綱になります。つまり、改革のエンジンとなるべき教員の英語力が重要になるのですが、ここに大きな課題があります。
ご存知のように、小学校は特定の教科の授業を担当する「教科担当制」ではなく、一人の教員が同じクラスですべての教科を担当する「学級担任制」が基本となっています。また、小学校の教員免許取得のために英語を履修する必要はありません。つまり、英語教育について学ぶことなく小学校の教員になることができるのに、教員になったら英語を教えなければならないのです*1。
もちろん、中には英語が好きで英語を相当程度習得している先生もいるでしょうが、大半の先生は英語と無縁で過ごしてきたというのが現実でしょう。(小学校教員で中・高の英語免許を持っているのは全体の5.1%。また留学経験があるのは5.0%です。*2)そこで、小学校の外国語活動導入にあたって、教育委員会が主体となって先生を対象とした英語(教育)の研修会を実施していますが、「超多忙」といわれる先生方が時間をやり繰りしながら受講する短期間の集合研修で習得できる英語力には限界があるのではないでしょうか。
「小学校では体系的な知識や技能は扱わない。音声や文字に慣れ親しむ程度なのだから、そんなに神経質にならなくてもいいのではないか」というご意見もあるかもしれません。しかし「英語の発音」「英語の会話」こそ、日本人が最も苦手にしているものです。
英語に触れる最初のステップとなる小学校の英語教育の質が、まさに日本人共通の弱点であるがゆえに、その後の英語教育に大きな影響を及ぼす要素になるのではないでしょうか。
ALT(外国語指導助手)
そんな課題を解決する方法のひとつと位置づけられているのが、ALT(外国語指導のための外国人助手)です。英語を自然に使えるALTが教員と連携して英語の指導にあたるわけですが、現在全国の小・中・高で採用されているALTは12,424人で、1校当たりの人数は0.63人に過ぎませんし、小学校の外国語活動の時間でALTが参加しているのは61.7%にとどまっています。*2 今後は英語の指導が3・4年生まで拡大されることになりますから、英語に関する授業時間は従来の3倍となり*3、ALTの量的なニーズは飛躍的に大きくなります。とは言え、一定の指導技能をもつALTを一気に増やすことは現実問題として極めて困難でしょう。小学校全体では英語の時間が増えますが、質的には薄まってしまう可能性があります。
もっとも、教員の英語力については小学校に限った課題ではありません。文科省は英語教育改革の実現に向けて、中・高校の英語教員に対してもCEFR B2レベル*4の「英語技能資格・検定の取得」を目標として掲げていますが、現状その取得率は中学校教員で目標の50%以上に対して32.0%、高校教員で目標の75%以上に対して62.2%です。また、文科省は英語の運用能力を高めるため、中学・高校の英語は「英語による授業」を基本(高校では「原則」)とするという方針を示していますが、実際に授業の半分以上を英語で行っているのは中学で60%強、高校では45%しかありません。
つまり、日本の英語教育を改革するためには教員養成のあり方や外国人指導者の確保など、まずは指導の体制を整備する必要があるのですが、この面で後手に回っているのが現実です。
*1:教員免許の取得の際に英語の履修は必須でないが、教員採用試験の際には英語の資格・検定取得を評価したり、英語に関する試験を課したりすることが多くなっている。
*2:2016年度「英語教育実施状況調査」文科省
*3:「外国語活動」が週1時間、「外国語」が週2時間実施される。
*4:CEFRとはヨーロッパ言語共通参照枠の略で、外国語の学習者がどのレベルまで習得しているかを判定する際に用いられる国際的なガイドラインとして広く用いられている。A1(初学者)~C2(熟練者)の6段階があり、B2は「準上級者」に位置づけられている。
外国語の評価方法
第3回でお話ししたように、教科として「外国語」を学ぶことになる5・6年生については、評定が行われます。これは「聞く」「話す」「読む」「書く」の各領域について具体的な到達目標(「…することができる」といった形で)が決められ、各児童がその目標に対してどれくらい到達できたかを3段階で評価するものです。しかし、既に述べたようにその多くはペーパーテストで確認できる性質のものではなく、さまざまな活動の中でその習得の度合いを多面的に測るしかありませんから、評価も簡単にはいきません。またALTと連携して指導する際には、教員は主に「態度面の評価を中心に」、ALTは主に「知識・技能、思考・判断・表現の面を中心に」評価を行う*5とされていますが、両観点からの評価がうまく連携できるかどうかも不明です。目標の立て方、指導体制、そして評価方法のいずれについても、児童や保護者にとってもわかりやすいものになっていなければ、評価に対して不信感を生ずる原因となるでしょう。
*5:「小学校外国語活動・外国語研修ガイドブック」(文科省編)
英語の習得目標についての共通理解
一連の英語教育改革についての議論の中で、当初からあり、今も根強く繰り返されているのが「日本人が習得すべき英語とは」、あるいは「日本人が英語を習得する方法とは」といった英語の習得目標や学習の方法論に関する異論です。確かに、新しいことに対してはさまざまな考え方があるでしょうし、異論が出ることは不思議ではありません。ただし、今回の英語教育改革については、日本の科学者の代表機関である日本学術会議から反対意見ともとれる提言が飛び出した点が注目されます。*6
この提言では、今回の改革で強調されている「使える英語(道具としての英語)」の視点に対して、日本人が今後必要となる英語についての共通理解を欠いたまま進められている性急な改革であり、日本人にとっての英語の必要性や現実的な教育目標をよく議論した上でその内容や方法を決定すべきであるとして、実用英語偏重を改めることや、英語に限定した教育ではなく日本語を含めたより広い言語能力を高めることの重要性を主張しています。実はこの点については、議論の当初より、英語や英語教育の専門家からもさまざまな意見・異論が提示されていました。
英語教育改革の必要性や方向性に関して、英語が研究上の共通語となっている科学者や英語の専門家など、最も英語の近くにいる人々からもこのような疑問が投げかけられている事実もあります。今後我々が成し遂げていくべき英語教育改革には、前例も無ければ確実な成功シナリオもないでしょう。世の中の行き先全体が不透明なこともあり、この問題を含めて多くの不確定要素に同時に取り組み、その都度臨機応変に対応していくことこそが、新しい時代を切り開く力になると言えるかもしれません。
*6:日本学術会議「ことばに対する能動的態度を育てる取り組み-初等中教育における英語教育の発展のために-」(2016年11月)
最後に
今回は課題の一部のみご紹介しました。このような多くの課題を抱えながらも、新しい英語教育が始まろうとしています。したがって、開始後もさまざまな混乱が見られるかもしれませんが、今回ご説明した背景を思い返していただければ少なくとも、なぜ混乱しているのか、どこが問題なのかを判断することができるのではないでしょうか。そのような視点から問題点をとらえることが、今後の対応の第一歩となります。
学校教育は「個人の可能性を現実のものにする」という面と、「国家が必要な人材を育てる」という面を併せもちます。それゆえ、個人の目標と国家の目標が一致しない場合もあります。個人の幸福が基本となることに間違いはありませんが、社会の一員として生きていく以上、国家や社会と無縁でいられるものでもありません。
「使える英語」を身につけるためには長い時間と粘り強い努力が必要になりますが、それは教えられて身につくものではありません。英語に対する興味や関心を高め、英語を学ぶ楽しさを知ることを通して、自ら学ぼうとする姿勢を育てていくことが大切です。その中で、英語を学ぶ意義を自分の中にどのように見出していくか。それは大変難しいことに違いありませんが、個人と国家・社会とのバランスの中で、何を目標とし、どのような道を選ぶのかが一人ひとりに問われることになるでしょう。
(完)
第1回:英語教育改革の背景と経緯