目次
小学校の英語教育に効果はあるのか?
国立教育政策研究所は4月13日、平成27~28年度に実施した「小学校英語教育に関する調査研究」の成果を公表しました。その内容から、小学校における英語教育の現状と課題について概観してみましょう。
(研究成果の概要については、小学校英語教育に関する調査研究報告書を参照)
小学校新学習指導要領案
文部科学省は2017年2月14日、約10年ぶりに改訂される新学習指導要領案を発表しました。小学校の新学習指導要領では、外国語活動を現行の小学5年生から小学3年生に前倒しにし、小学5年生から英語を正式教科化するとしています。その背景には、早期からの異文化理解や異文化交流が目的にあります。
現行 | 小3 | 小4 | 小5 | 小6 |
---|---|---|---|---|
外国語活動 | ✕ | ✕ | ◯ | ◯ |
外国語(教科) | ✕ | ✕ | ✕ | ✕ |
改定後 | 小3 | 小4 | 小5 | 小6 |
---|---|---|---|---|
外国語活動 | ◯ | ◯ | ✕ | ✕ |
外国語(教科) | ✕ | ✕ | ◯ | ◯ |
小学校の外国語活動における3つの柱
①言語や文化についての体験的理解
②外国語への慣れ親しみ
③コミュニケーションへの積極性
小学校で外国語活動が行われるようになったのは、グローバル化の急速な進展に対応するため外国語(特に、英語)の実用的な能力を向上させる必要があり、従来のように中学校から始めたのでは様々な制約(学習時間数の拡充が難しい、発音や聞き取りなどの音声的能力は年齢的な限界があると言われている、など)があって十分な効果が期待できないため、早期化が必要という考えからです。
今回の調査は上記「3つの柱」としての目標に対する効果を証明する結果となったのでしょうか。なお、今回調査の対象としたのは、全国の小学校外国語教育に関する教育課程特例校・研究開発学校のうち100校、児童数は15,629人です。これらの学校は、全国の小学校の中でも、積極的に英語教育に取り組んでいる学校です。
英語や英語の授業に対する児童の反応は?
平成27年2月に文部科学省が高学年児童対象に実施した調査によると(下表参照)、英語や英語の授業に関しては、「好き」(「どちらかといえば好き」を含む)が「嫌い」(「どちらかといえば嫌い」を含む)を大きく上回っています。
英語が好き・・・70.9%
英語が嫌い・・・10.9%
英語の授業が好き・・・72.3%
英語の授業が嫌い・・・9.1%
この数値だけを見れば、まずは順調な滑り出しにも思えますが、反面小学校段階で英語教育を始めることで「嫌い」と考える子どもを約10%作り出す結果にもなっている点については、新たな課題といえます。
今回の調査において、英語の授業に対する印象を学年別に聞いた結果が、次図です。英語の授業に対する印象は3年生くらいから変化を見せ始め、学年が進むにつれて積極的な肯定が減少し、代わって「どちらかといえば好き」や「どちらともいえない」の割合が増加していきます。
この変化を見ると、中学校に進む段階で「嫌い」に転じかねない子どもが相当数いることがわかります。(現在、通常の小学校では5年生から外国語活動が始まりますが、今回調査の対象となったのは実験的な学校であり、小学校1年生から何らかの外国語活動を実施している学校が多数あります)
垣間見える早期英語教育の成果は?
小学校における外国語活動は、あくまで「外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しむ」ことが目標になっていて、中学校以降のように英語の技能の定着を目標にしていません。しかし先にあげた文科省の調査において,外国語活動を経験した生徒を受け入れる側の中学校教員の82.1%が「英語を聞く力が高まっている」,63.2%が「英語を話す力が高まっている」と回答しているように,結果として英語を聞いたり話したりする力がついていることがわかります。
これは逆にいえば、外国語活動を経験する児童が「聞ける」「話せる」ようになることで、「英語ができる」⇒「英語の授業は効果がある」⇒「英語の授業が楽しい」と判断する回路を自らのうちに作っている可能性があることを示唆しています。そして、そこで「できる」と感じられなかった児童が「英語嫌い」に転じることは容易に想像できます。目標が本来の「慣れ親しむ」ことから、子どもの中ではいつの間にか「できる」ことに変化していくのです。
加えて、同調査において小学校で外国語活動を経験した中学生の80%前後が、「小学校の英語の授業でどんなことをもっと学習しておきたかったと思いますか」という質問に対して、「書くこと」「読むこと」といった具体的な技能を回答しました。また、「小学校の英語の授業で学んだことの中で中学校の授業で役立ったことはありますか」という質問に対して、アルファベットを「読むこと」「書くこと」と回答した中学生がやはり80%以上いたことを考え合わせ考察して行きます。
即ち、小学校の外国語活動の目標を現状のまま「外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しむ」ことに限定し、具体的な英語の技能の習得は中学校以降の目標とするという、ある種機械的な区分の方針を持ち続けることには無理があるといわざるをえません。
今後の見通し
現在は成績評価をつけない「外国語活動」ですが、早ければ2018年度からは5・6年生については成績評価をともなう「教科」となる英語。(外国語活動は、新たに3・4年生対象となります)* ここでも、「小学校における英語の教科化は、中学校の英語教育を単純に前倒しするものではない」という文科省の公式見解とは裏腹の事態が生じます。
英語が教科となると成績評価のために達成目標を定める必要があり、評価の客観性を高めるためには「…ができる」といった形(can-doリストと呼ばれます)で表わされる評価基準を作る必要があります。ここで「…できる」という表現は、まさに具体的な技能やそれを支える具体的な知識を前提にしています。また、この目標が明確であることが、教育効果を高める重要な条件でもあります。この点を曖昧にしたままの教科化は、教育の不全や形骸化を招くだけです。
*文科省は2017年5月26日、2020年度から本格的に実施する新学習指導要領のうち、英語等については2018年度から先行実施可能な移行措置案を公表した。
早期英語教育に潜む課題とは?
このような性格をもつ「英語教育」を小学校で行う上で、深刻な課題が残されています。それは、教員の英語教育能力です。小学校は学級担任制であり、教科担当制ではありません。中学や高校のように、英語を専門的に学んだ教員が指導するのではなく、基本的に一人の担任が全教科を指導しなければなりません。
一方で英語の教科化は、目標として具体的な知識や技能を前提とし、その一方で具体的な知識や技能が十分とはいえない教員による教育を強いることになります。
文科省はその解決策として、ネイティブのALTの配置や小学校教員の研修の充実を提示していますが、低学年化と教科化により量的・質的に一気に拡大する指導をこれだけでまかなえると考えるのは現実的ではないでしょう。特に全国で均質な英語教育を提供する必要があることや、日本の教員の多忙さが世界的に見ても突出している現状を考えると、これらを解決できるようになるまでには、相当の教育投資と時間が必要になります。もはや理念の段階ではありません。教育行政の実現力こそが命運を分けるでしょう。
まとめ
先にも触れたように、現在の小学校の外国語活動については、児童・教員とも予想以上の効果を認めています。しかし皮肉なことに、その効果が「予想以上」であることが逆に現在の小学校英語の最大の課題となっています。言葉の上の形式的な役割分担やその場しのぎの対応ではなく、この問題に正面から取り組み、改善することなしに低学年化、教科化するならば、小学校の英語教育全体が早晩暗礁に乗り上げる可能性すらあります。
グローバル時代に生きる今の子どもたちが大人になったとき、本物の生き抜く力が身についているようにするためには、さらに幅広い国民がこの問題について考え、議論することを通じて課題を共有する必要があるのではないでしょうか。
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